高橋有里,及川正広,武田利明

(岩手県立大学看護学部)

 

【目的】

精神科領域においては,持効性注射用製剤(以下,デポー剤)の2週間あるいは4週間毎の筋肉内注射(以下,筋注)が実施されることが多い.デポー剤は,左右の殿部を交互に選択する等,注射部位反応の予防策が他の筋注製剤より徹底されているが,なお注射部位が硬くなる現象が認められている.看護師は硬い部位を避け注射しているが,やむを得ず硬い部位に注射しなければならない場合もあり,安全性に関する疑問や不安を抱えるなど,硬結等の注射部位反応対策は筋注における重要な課題の一つとなっている.筋注による硬結等組織への影響を明らかにするにあたり,ヒトで検討することは困難である.そこで,今回,ヒトと同じような注射部位反応が実験用動物においても観察できるのかについて検討した.

【研究方法】

1)使用動物:Crj:Wistar系雄性ラットを用いた.

2)使用薬液:統合失調症治療薬であるハロペリドールデカン酸エステル注射液(ハロマンス®注50mg/1ml/A)(大日本住友製薬)を使用した.

3)実験方法:ラットの大腿部をバリカンで剃毛しハロマンス®注15mgを筋注し,14日後まで,皮膚の発赤・色調の変化,腫脹の有無と程度,筋弾性計による筋の硬度,サーモグラフィによる皮膚温を観察した.また,超音波診断装置(以下,エコー)を用いて皮下および筋の画像を撮影した.実験はラットに苦痛を与えないよう,麻酔下で行った.

【倫理的配慮】

本研究は岩手県立大学研究倫理審査委員会の承認を得て,実験動物に関する指針に準拠し実施した.

【結果】

皮膚の発赤や色調の変化は認められなかった.腫脹は,大腿部の筋全体が収縮しているような張りが1~3日後に観察され,7~10日後に盛り上がりのないルーズな状態に変化,14日後に減少した.筋弾性計の値は筋注前と比較し,1日後に3~6硬さが増しその後7日後までに筋注前の値に戻り,9日後以降再び徐々に硬くなる傾向にあった.筋注部位の皮膚温は,14日後まで周辺より低い傾向があった.また,エコー画像では筋注後,筋の層構造に低エコー所見が描出され,9日以降では筋の層構造が不明瞭であった.

【考察】

 他の薬剤を用いた研究において筋注後に腫脹が認められた組織では,強い浮腫が確認されたことから,本研究で数日後に観察されたルーズな腫脹も浮腫ではないかと考えられた.また,皮膚温の低値は末梢血液循環の低下,低エコー所見や筋の層構造の不明瞭さは組織の炎症性の変化を示唆していると考えられる.

今回,デポー剤の筋注によってヒトで認められる注射部位反応が実験動物においても再現できるかについて検討した.その結果,腫脹,筋の硬度の増大,皮膚温の低値などが確認でき,デポー剤筋注後の組織傷害の評価系として活用できると考えられた.現在,病理組織標本を作製中であり組織学的な検索も実施予定である.